あんきも
2月7日、父の様子を見に大船の実家へ行く。
父は正月あけに再入院。
医者曰く「非常にタチの悪い」癌があちこちに転移して、
足腰が痛くて起き上がれなくなっていた。
1月中旬の時点では「あと数ヶ月」と言われ、
抗癌剤の使用も止めていた。
印象では、去年の手術後に抗癌剤を使いはじめてから
加速度的に弱っていったような気がする。
月末に退院して自宅療養..といっても
痛み止めと下剤と睡眠薬をのむだけだが..
母の強い意向で告知はせず。
再入院の時からずっと、
「正月に作ったあんきもを喰う直前に入院しちゃった」
と文句をたれていたのだが、
退院してから馴染みの魚屋から
「あんきもが入った」と連絡を受け、
母にあれこれ指示して作らせたらしい。
ツマの実家から送ってもらったお気に入りの酒
「水芭蕉」と一緒に喰って大喜びだったそうだ。
ただし、あとでモドしちゃったらしいが...
「味はわからないが色はすごくいいのが出来た」
と大満足で、ワタシ用に冷凍してあったヤツを
見せて自慢する。
ワタシに庭のユズをたくさん穫らせて、
ユズの皮をいかに剥いていかに切るかを
懇々とレクチャーする。
傍で聞いていた母に「オマエはできるか?」と聞く。
母が「私はみじん切りにしちゃう」と答えると
「みじん切りはダメ!ちゃんとこう切らないとダメなんだって!」と怒鳴りつける。
「...こう切って、こう、格好よく乗せるんだぞ」と
身振り手振りでワタシに諭す。
そのあと、自分のブルーベリージャムのレシピは
銀座の一流シェフから教わったもので云々..と
またトクトクと語り、
ワタシはあんきもとマグロのサクと「シンビジウム」
を貰って帰宅。
その夜は「えーと、なんて言ってたっけな」
と悩みながら(モゴモゴしてたので聞き取りにくかったのだ)
ユズの皮をむき、白いトコを執拗に取り除き、細くきざんだユズを
「かっこよくはできないからまぶしちゃえ」と
ふりかけた。
「写真撮って、ダメ出ししてもらおう」
と思って刺身と一緒に写す。
翌日は、「バターで焼いてコショウをかけてもイケる」
と言ってたのでそれを試す。
..わさび醤油のほうがスキだな、
とかなんとかいいながら喰った。
その晩、父はあっけなく逝った。
昼間、姪たちが来て、「いいトコに来た!あんきもあるぞ!」
と、また「いい色」とかを語ってご満悦だったという。
夜になってコンセントの不具合かなにかで電気がつかなくなり、
母があちこちにキャンドルをたてて、
「今夜はこれですごそう」なんていってたときには
まだ「ブレーカーあげてみろ」とかなんとか言ってたらしいが、
そのあとは寝てしまった。
そして、そのまま起きることはなく、
ワタシが病院に着いた時にはただ機械で息をしているだけだった。
そっと手を握ってみたらなんだかひんやりしていて、
声をかける気にもならなかった。
強心剤や心臓マッサージが白々しく感じた。
母に「もういいよね」と聞く。
日付がかわった2月9日0時53分が父の「公的」な死亡時刻だったが、
ワタシにはそれは欺瞞のような気がしてしまう。
それにしても「数ヶ月」じゃなくて「数週間」てのは反則だ...
あんきもにのせるユズの切り方の正解は、
もう永遠にわからない。
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コメント
そうでしたか...。
淡々とした文章の中から、やりきれなさが伝わってきます。
あんきもの「いい色」を語る姿に、命の輝きを感じます。
それだけに、「あっけなく」訪れた終焉が切ないです。
虚しい余韻が胸を打ちます。
文章で表現する術を持っているHirokazuさんに敬意を表します。
そして、お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
投稿: もも | 2007年2月14日 (水) 17時45分
死を目前にした父から会いたいと連絡が有った2ヵ月後
父は亡くなりました。
結局 病床にも葬儀にも顔を出しませんでした。
あれから9年
そして 現在 母と同じ状況に。
今回も会うことは無いと思います。
後悔はしません。
でも それが正しいのか 今の私には分かりません。
何時 何処で親子関係がこじれてしまったのか・・・。
Hirokazuさんとお父様の関係
すごくうらやましいです。
的外れなコメントでごめんなさい。
お父様のご冥福を心よりお祈りいたします。
投稿: こーちゃんまま | 2007年2月14日 (水) 21時14分
お父様は、サイゴに楽しい時間を過ごせて、よかったと思っていますよね
Hirokazuさん、いっぱい悲しんでいっぱい思い出してあげてね。そしてからツマさんとお母さんとの時間を大切にしたら、お父様も喜んでくれるかも…
私も…、私が家族を守るために頑張る!ことを、亡くなった兄が一番喜んでくれるんじゃないかな~と信じているの。
ユズは宿題かな
投稿: かじゅまま | 2007年2月14日 (水) 23時31分
バレンタインデーなのに暗い話題でゴメンナサイ。
親身なコメント、感謝してます。
人は皆、愛する人との別れを経験してるんですよね。
こーちゃんままさんも、かじゅままさんも、書いてはいないケドももさんだって、みんないろんな想いを抱えていらっしゃいます。
自分だけが特別なのではないし、母の方が何十倍、何千倍辛いだろうことも身にしみてます。
...父は(母も)ワタシをとても愛してくれました。
一時はそれが鬱陶しくて離れてしまいましたが、
ようやく素直に受け入れられるようになったところでした...
大人になってから一度も父と高知へ行ってないこと、
父から教わった様々を忘れてしまっていること、
「おじいちゃん」にしてあげられなかったこと
など、心残りは山ほどありますが、
愛された記憶があることだけで自分は幸せだと思っています。
ホント、一緒に過ごせる時間を大切にしないとね!
投稿: Hirokazu | 2007年2月15日 (木) 00時47分
あえて書かなかったのに、なんでバレちゃうのかな。
鋭い人ですね、もう。
まだ若い(つもり)なのに、すでに何人ものかけがえのない人を見送りました。
あなたにとって特別な人を亡くしたのだから、気落ちして当然です。
誰かと比べる必要ないですよ。
自分に正直に悲しみを感じて、家族と分かち合えればいいんじゃないかしら。
私にはできなかったけど、Hirokazuさんにはできそうに感じますよ。
投稿: もも | 2007年2月15日 (木) 02時25分
ももさん;
>なんでバレちゃうのかな
いやいや、誰しもあるだろうと思っただけで..!
でもやっぱり、いっぱいあるんですよね..。
ももさんのブログのポリシーにはワタシも共鳴してるので、明るい話題を、と日々心がけてはいるのだけど、ついタガが緩んでしまいました。
ちょっと反省。
「一緒に過ごせる時間を大切に」なんて自分で書いておきながら、もうあれやこれやの手続きやら日常の生活に追われるようになってます。
お金持ちでヒマじゃないと感傷に浸ってはいられませんね..!
生きてくコトもけっこう大変!
投稿: Hirokazu | 2007年2月15日 (木) 21時41分